人材育成がいかに危険かを知ることが、技術立国の第一歩である。人材育成と聞いたら、技術立国の破壊というキーワードが思い浮かばなければならない。
人材育成には、人材育成利権がかかわっている。そして、人材育成の掛け声の下で、やみくもに人材を増やすことがある。増やされた人材は地位が低下する。人材育成の計画とは、地位低下の計画と言い換えてもよい。
まず、技術者が犠牲になった。日本は、他の先進国に比して、人口当たりの技術者数をやたらと多くしたのである。技術者の地位と待遇は低く抑えられた。これは、日本の繁栄に役立ったが、技術者が恵まれた職業だという信頼を売り渡して、当座の繁栄を得ただけにすぎない。そのつけは、数十年後に、理系離れとして払うことになる。しかし、この成功体験が、後の人材育成につながった。いわゆる誤った成功体験である。
次に、博士が犠牲になった。博士の地位と待遇は大いに低下した。ポスドク問題である。
そして、理工系が犠牲になった。理工系の地位と待遇は大いに低下した。理工系離れの問題である。
人材育成の対象となるのは、理系が多い。これは、政治的な力が弱いからである。
また、人材育成と聞いたときに、文系は危険を察知するが、理系は性善説が多いので、自ら率先して人材育成をしようとする。
その結果、理系の地位が下がり、長い目で見ると、理系離れにより、技術立国が破壊されてしまう。
技術立国のためには、あらゆる人材育成に疑念を持つことが大事である。
公共事業といえば、良いことだと皆が思った時代があった。それは、日本のインフラ整備に大いに役に立ったが、公共事業利権を生み、近年弊害が目立ってきた。
人材育成は無条件に良いことだと思ってチェックが甘くなるのは危ない。良い公共事業を選別することが重要なように、人材育成も本当に良いものかどうかについて、厳しい目を光らせ、真の技術立国を成し遂げることが重要である。
最近のコメント